母ががんの手術を受けたあと、退院後の住まいをどうするかで迷った。
最終的に選んだのは、実家の母屋ではなく、同じ敷地にある平屋の離れへ移ってもらうことだった。そのときの経緯は退院後に母の一人暮らしを整えた話に書いた。
ただ、敷地の中に移れる家がある家庭は多くない。あのとき私が比べたのも、目の前にある二つの建物だけだった。住まいを小さくするやり方に段階があると気づいたのは、しばらく経ってからである。
住まいを小さくすることは、狭い家へ移すことではない。毎日の移動と家の管理を減らし、本人が続けたい暮らしを残すことだと思う。
今回は、移るか移らないかを決める前に、何をどの順で比べるかを整理しておきたい。
「まだ住める家」と「毎日続けられる家」は違う
母屋は二階建てで、六十坪を超える。寝室は二階にあり、浴室は広く、お湯を張るにも手間がかかった。
家自体が古びていたわけではない。父が大工として手を入れた家で、家族が四人で暮らしていたころには、部屋数にも広さにも役割があった。
だが、一人暮らしになったあとの使い方を見ると、家の大部分は毎日使う場所ではなくなっていた。
家が広いことは、元気なうちは余裕になる。体力が落ちると、移動、掃除、温度管理、戸締まりの範囲が広がる。
住まいを見直すときに、「まだ住めるか」で考えると答えは長く出ない。まだ住める家は、たいてい本当に住めるからだ。
そうではなく、朝起きてから夜休むまでの動きを、無理なく毎日続けられるかで見た方がいい。
国土交通省の高齢期の住まいの改修ガイドラインにも、見直す項目が示されている。温熱環境、トイレ・浴室の使いやすさ、日常生活空間の合理化、主要動線のバリアフリーなどである。並んでいるのは面積ではなく、毎日使う場所とその間のつながりだった。
母屋と離れで実際に違ったのも、そこだった。寝室が階段の上にあるか同じ階にあるか、湯を張る操作、冷暖房が届く範囲。坪数の差ではなく、この距離と手間の差が毎日効いてくる。
住まいを小さくする方法は、引っ越しだけではない

「住まいを小さくする」と聞くと、多くの人は住み替えを思い浮かべると思う。私もそうだった。
しかし実際には、いくつかの段階がある。並べてみると、費用も戻しやすさもまったく違う。
| 段階 | やること | 戻しやすさ | 向く場面 |
|---|---|---|---|
| ① 使う部屋を絞る | 冷暖房・掃除・戸締まりの範囲を日常の部屋に限る | すぐ戻せる | 広さより温度差と管理の手間が負担 |
| ② 寝る場所を生活の階へ移す | 寝室を一階やトイレの近くへ移す | 家具を動かせば戻せる | 階段と夜間の移動が不安 |
| ③ 部分改修 | 手すり、段差、浴室など動作のつらい場所だけ直す | 工事後は戻しにくい | 移動や立ち座りそのものが難しい |
| ④ 敷地内や近くの別の住まいへ移る | 平屋や小さい家へ移る、近くに住む | 元の家がある間は戻せる | 家の構造が今の体に合わない |
| ⑤ 住み替え | 賃貸、高齢者向け住宅、施設へ移る | 契約後は戻しにくい | 在宅の支援では届かない状態 |
下の段ほど、費用と準備と気持ちの負担が大きく、そして戻しにくい。だから上から順に確かめたい。
母の場合は④に見えるが、離れの中では①と②も同時にしている。使う部屋を絞り、寝起きと台所と浴室が近い場所に生活を置いた。移った先でも、範囲を小さくする作業は続いている。
③については、介護保険の福祉用具や住宅改修が使える場合がある。自分たちで工事や購入を決める前に相談する順番は、施設を考える前に、家で増やせる支援を考えるへ整理した。
①と②は、費用がほとんどかからず、その週から始められる。ここで軽くなる困りごとがあるなら、大きい決断を急いで置く必要はない。
反対に、①から③まで試しても毎日の動きが続かないなら、それが④や⑤を考える材料になる。段階を踏んだ記録は、家族の中で話すときにも、外の相談先に伝えるときにも使える。
一日をなぞると、見る場所は六つに絞れる
どの段階を選ぶにしても、先に確かめるのは家ではなく、親の一日である。
朝起きてから夜休むまでの動きをたどると、住まいで見るところは六つに絞れる。
| 見る場所 | 確認したいこと |
|---|---|
| 寝起き | 寝室からトイレまで無理なく移動できるか。夜間も同じか |
| 食事 | 台所、食卓、冷蔵庫を本人が使えるか。配食や買い物を受け取りやすいか |
| 入浴・排せつ | 浴槽、給湯、脱衣、トイレの操作と移動に無理がないか |
| 温度 | 日常的に使う部屋を冷暖房できるか。部屋間の温度差が大きくないか |
| 外との接点 | 玄関、郵便、買い物、通院、訪問サービスへつながれるか |
| 管理 | 掃除、戸締まり、設備の確認を本人と家族が続けられる範囲か |
このとき、できる・できないの二択で印をつけないほうがいい。私は、本人だけでできる/時間や条件がつく/家族か支援が必要、の三つで分けている。
見たいのは真ん中である。時間をかければできる。夏場ならできる。誰かが同じ家にいればできる。この「条件つきでできている」部分が、二択では見落とされる。
そして印がついた場所ごとに、住まいを変えて減らせることと、外の支援で補うことを分ける。手すりで解決する動作もあれば、家をどう変えても人手が要る動作もある。
一つ当てはまらないから転居、ではない。六つのうちどれが重く、それは家の問題か支援の問題かを分けるための表である。
家を小さくしても、外の条件は変わらない
実家は、公共交通機関がほぼない地域にある。歩いて行ける店は限られ、母はすでに車を手放している。
離れに移って家の中の移動は短くなったが、病院や大きな買い物へ自分で行けるようになったわけではない。この部分は住まいを変えても動かないので、車がなくなったあとの移動をどう組み直すかは別に考えることになった。
住まいを小さくして減るのは、家の中の移動と管理の負担である。外との行き来は減らない。
先に効果の範囲を決めておくと、移ったあとで「思ったより変わらない」とならずに済む。
移る先を見に行くときは、建物の中だけでなく、次のことも一緒に見ておきたい。
玄関まで自分で出られるか。
宅配や配食を受け取れるか。
訪問する人が車を止められるか。
家族が行けない週にも、食事と買い物が続くか。
家の中が短くなっても、この四つが途切れれば暮らしは続きにくい。
決める前に、小さく試す

内閣府の令和6年版高齢社会白書では、住み替えを考える契機として、健康・体力面の不安、現在の住宅の住みづらさ、買い物や交通の不便などが挙げられている。
どれも、ある日突然生まれる不安ではない。それでも実際には、入院や事故のあとに、限られた日数で決めることになりやすい。
母のときも、退院の日程が先に決まっていた。すぐ実家へ戻さず、私たちのマンションで約二か月を過ごしたことで、同居を続ける場合の負担と、実家へ戻す場合に必要な準備の両方が見えた。
契約や工事のあとでは戻しにくい。可能なら、その前に小さく試したい。
ただし、試すこと自体も本人には大きな話に聞こえる。「一度やってみよう」とだけ伝えると、移ることが決まったように受け取られかねない。
私は、何を確かめたいのか、どのくらいの期間か、合わなければ元に戻すことを先に言うようにしている。期間と戻り道がある提案は、通知ではなく相談になる。
一階だけで数日過ごしてみる。
寝室を仮に移してみる。
配食や訪問支援を一つだけ使ってみる。
候補の住まいから、病院や店まで実際に移動してみる。
試す期間に見るのは、「移れるかどうか」ではない。
朝起きてからトイレまで何分かかるか。入浴後に疲れが残らないか。夜に暗い場所や寒い場所を通らないか。配食やヘルパーを無理なく迎えられるか。家族が手伝う回数は、仕事を続けながら支えられる範囲か。
一日の流れに沿って見れば、間取り図だけでは分からない負担が出てくる。
このとき、できなかったことだけを書き留めないようにしている。自分でできた場面も同じように残す。そうしないと、記録が「もう無理だ」という方向にだけ積み上がっていく。
合わなかったときの戻し方も、先に決めておきたい。元の寝室へ戻すのか、別の改修を考えるのか、外の支援を増やすのか。戻り道を決めておけば、試すこと自体が一度きりの試験にならない。
部屋を減らしても、役割まで減らさない

母は今も、洗濯と掃除を自分でしている。ヘルパーに頼んでいるのは買い物だけだ。
利き手を痛めた時期もあったが、長く続けてきた手順は残っている。決まった時間に洗濯機を回し、決まった場所に干す。その順番は母のものだ。
住まいを変えるとき、間取りと安全だけを見ていると、この手順の置き場所が抜ける。
洗濯物を干す場所。
決まった時間に戸締まりをして回る道順。
来客に茶を出す支度。
新聞や郵便を自分で取りに行く数歩。
親のためを思うほど、家族は先に便利さと安全を決めたくなる。危なそうな場所へは行かせない。家事は全部任せる。どれも必要になることはあるが、一度に小さくしすぎると、本人が自分で決める場面まで減ってしまう。
移す前に、本人が毎日していることを書き出しておく。そのうえで、安全のために変えることと、今までどおり残すことを分ける。
見守りサービスを比較した記事でも同じことを考えた。機器やサービスを入れるかどうかより先に、本人が納得しているか、知らせが届いたあとに誰が動くかを決める必要があった。住まいも同じで、家族が安心できる形だけを完成させないようにしたい。
移ったあとの家を、誰が管理するか
母が離れへ移り、日々の暮らしは小さくなった。しかし母屋が消えたわけではない。
電気や水道の契約、換気、掃除、草刈り、雨漏りの確認、固定資産税、火災保険。使わない家を維持する役割は、家族側に移っただけである。
母屋を売るか、貸すか、壊すか決められない話にも書いたが、父が作った家への気持ちと、維持の現実は別に考えなければならない。
親の住まいを小さくするときは、移る先だけでなく、空く家を誰がどう管理するかまで一組にして考える必要がある。
すぐに処分を決められなくてもよいと思う。ただ、何も決めないまま契約と管理だけを続けるのではなく、次の確認日は置いておきたい。今は維持する、来年に見積もりを取る、本人の意向を改めて聞く。その程度でも、先送りとは違う形になる。
小さくするのは、家ではなく毎日の範囲
母屋から離れへ移ったことで、母の生活動線は短くなった。一方で、交通や買い物、母屋の管理という課題は残った。
住まいを小さくする目的は、親を狭い場所へ移すことではない。本人の毎日を続けやすくし、家族も支えを続けられる範囲に整えることだ。
だから、いきなり住み替えを比べる必要はない。使う部屋を絞る、寝る場所を移す、動作のつらい場所を直す。上の段から試して、それでも足りないときに次を考えればいい。
良くなったことと、残ったことを両方見る。答えが一度で出るとは思っていない。
定時のあとの時間を使って、少しずつ親が暮らし続けられる住まいの形を整えていく。

